誤錯行試

隙あらば自分語りです

高校時代のこと

ふと、高校時代のことを思い出した。

Aくんとは、高校1年生と2年生のときに同じクラスにいた。

口調はいつもはっきりとしていて、品行方正、「自分」を持っていた。

でもその、「自分」を持つ、というのは(悪く言えば)協調性に欠けていることと表裏一体なわけで、1年の初期からクラスでは"よく分からない人"として扱われていた。

中学と違い、高校ではあからさまな悪口などのいじめはなかった。ただ表面化してなかっただけで、本人に聞こえないところである生徒の話をする、なんてことは普通にあったし、いじめていないイコール仲がいい、わけでは決してないから、"そのような生徒"はグループワークや体育の授業のペアワークではっきりとわかる。Aくんもまた例に漏れず、体育の授業でペアを作る際にあぶれることが多々あった(結局学級代表とかやっている性格いい生徒がサポートしていたが)。

結局どこでもそうだとは思うが、周りと合わせられないとか、共通の話題などきっかけがない、作ろうとしない人は孤立する。Aくんは休み時間も教室で本を読んだり、図書室へ行ったり、放課後の文化祭の会議、作業なども早退したりで決してよく思われていなかった部分もあった。本人に、群れたくないというか、他者との関わりを避けている面があったのだ。

私は、そんなAくんを見て、心の底では似た者である、と感じていた。私も人付き合いが得意ではないし、クラスメイトと話題が合わない。スポーツも、アニメもそこまで入れ込んではなかったし、ゲームも得意ではないし、主に二分されていた空気感のどちらにも所属できなさそうだ、と薄々気づいていた。しかし"そう"しないとー会話に参加したり、共通の話題で盛り上がったりー社会では生きていけないんだろうな、なんて思いながら、自然と形成されたグループ(アニメやゲームが好き)に参加していた。

2年の夏頃、修学旅行の部屋決めがあった。当時私が主に話していたグループは私含めて5人、ホテルの部屋は4名ずつだった。部屋を決める話し合いが始まると、皆自然と仲がいい人を誘う。同じ部活、休み時間に弁当を食う仲間、趣味が合う人・・・私は特に誰からも誘われず、あぶれた組として、Aくんと一緒の部屋になった。

そして迎えた当日。寝る前の時間をどう過ごそうか思案したが、特にいい案は見つからなかった。私たち以外のメンバーとも特にこれといった交流がなく(なんてたってあぶれるようなタイプなのだから)、話題にもなればと思い買ったクッキーを皆で食べ、適当にテレビでも流して寝ようか、なんて考えていた。

夕飯の後、部屋に向かう。買ったクッキーをテーブルに広げ、「食べていいよ」とはいったものの、特に誰も口をつけず。仕方なく一人で2個ほど食べていると、同じ部屋のBくんがAくんに話しかけていた。「好きな歌手は?」とか、まるで新入生同士のぎこちない会話のようだったが、私にはAくんが、そのような会話に積極的になるとは思えなかった。

しかし、Aくんはおもむろに話し始めた。アニメが好きなこと、将来の夢、家族とのこと。何を思っているのか、全て、ではなかったかもしれない。しかし、かなり勢いを持って私たちに伝えてきたのだ。もしかすると、悩みや葛藤を話したかったのかもしれない。自分ではなく他者がイメージを作り、そのイメージによってグループが形成され、そのコミュニティで生きていくことを半ば強制されるような高校のクラスの中では、Aくんの言葉や思いは誰も受け止めようとしなかった。もちろん、私を含めて。

その後私とAくんとの間には、特に何も起こっていない(と記憶している)。3年になりクラスが離れ、学校で見かけることも少なくなった。そして今、何しているのかはおそらくお互いに知らない。

あの夜、「俺も悩みがあって・・・」と切り出せばよかったのだろうか。共感をはっきりと伝えた方が良かったのだろうか。修学旅行明け、いつもの調子に戻ったAくんは、その扱われ方も普段と変わらなかった。相変わらずほぼ誰とも話さず、噂話もそれなりに起き、45%の悪意、混じりにネタにされる。100%の悪意でないぶん、無責任でグレーだった。そして、ペアワークは体育会系が支えていた。きっと私は、そのようなAくんの気持ちを知った後も、本心のまま生きることが怖かった。だから、修学旅行で声をかけられなかった「友人たち」と話し、仲がいい設定のもと生きることを選んだ。小心者であった自分が恥ずかしくなる。